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ママ友ゼロ人できるかな

ママ友との馴れ合いに疲れた時に、全国で56人くらいの読者に向けて書いてます。「ママ」で括られたもろもろ(ママ友とかママブログとか)をゼロに帰するための悪あがきブログ。

「ママ友」から「お友だち」になれない人の見極め方

ママ友0人できるかな

それでは、前述のつづきから、論点A2「ママ友と普通のお友だちの境界線はどこにあるのか」について解説していきます。

 

さて、この境界線問題でよく表現されるのが「ママ友は自分のお友だちじゃない、子どものお友だちのママである」という言い回しです。 この「自分個人の趣向でお友だちになった訳じゃないヒト」が「ママ友」という言葉の真髄であるとするならば、「お友だち」になれない「ママ友」は「自分の意思だけで友だちやれる人か否か」ということに尽きると思われます。その「自分の意思」のボーダーラインをどこにおくのか?と考えた際、おそらく前回の仮説を逆説的に捉えると、うまく解釈できるのではないでしょうか

「ママ友」から「お友だち」になれない人の見極め方

仮説1距離感の縮め方がわからない、もしくは縮めたくない人

「役員で一緒だった」「近所だった」「ランチ仲間」など顔を合わせる機会が多いため、他のママより見知った仲になった、あるいはそういう機会も少ないのに見知った仲になったが、それ以上仲良くなる必要性にせまられないのでなかなか「お友だち」に発展しない(したくない)「ママ友」 例・子供の同級生父母仲間で、やたらクラスが同じになるので見知った仲にはなったが、プライベートなイベントには誘えなそうな「ママ友」

 

 

→自主的につるんで遊びたいと思えるかどうかが「ママ友」と「お友だち」の境界線

仮説2価値観のちがいという地雷に踏み込みたくない人

「ママ」だから仲良くなったが、価値観が合わなすぎていまいち踏み込みたくない「ママ友」、または逆に「ママ」としてじゃなければいいお友だちになれた感じだが、「ママ」同志だからあえて距離を置いてる「ママ友」(あえてお友だちにならない人) 例・ママ本人とは気が合って会話もはずむが、こと子供に関することになると、教育方針が合わなすぎるので面倒だから距離を置いている。

 

→価値観の違いを渡り合う労力とリスクを負ってまで、仲良くなりたいと思えるかどうかが「ママ友」と「お友だち」の境界線

仮説3子ども同士の関係性をムシしてつき合えない人

「子ども同士の関係性」がありすぎるために、穏便につき合うためあえて踏み込まなかった「ママ友」、または逆に「子ども同士の関係性」がなさすぎるため、仲良くなったはものの「学校行事が合わない」「受験レベルが合わなすぎる」などの気遣いからいまいち踏み込めなかった「ママ友」 例・子どもが親友同士なので、親はなるべくぶつかり合わないよう無難につきあってきた「ママ友」

 

→母親のソリが合わずに気まずくなったり、不用意な情報・イベントで子ども達に迷惑をかけるリスクを負ってまで、仲良くなりたいと感じるかどうかが「ママ友」と「お友だち」の境界線

 

まとめ

以上、お仲間に1人や2人くらいは思い当たる人がいるのではないでしょうか? ズバリ、その方とはこの先もずっとお友だちにはなれないでしょう!私も、ここまでつきつめて考えてみると、やっぱり自分にも「この人もしかしたらママ友なんじゃね?」という人がチラホラいることに気がつきました。 ママ友0人できるかな?存続の危機です!! 

苦手なママ友

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